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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

煮詰まったときはとにかく外へ出て歩くべし

りたいことがあるのだけれど、漠然としすぎているとか、思考が前に進まないとか、いいアイディアが浮かばないというときは、とにかく外へ出て歩くことにしています。

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あと、落ち込んだりしてやる気が出ないとか、スランプに陥ったときも、やっぱりわたしは歩きます。不思議なのですが、そうすることで必ず自分の現実が前に進むのです。

 

何も遠くまで歩きに行く必要はありませんし、特別景色のいい場所でなくても大丈夫です。ちょっと駅前まで行って引き返してくるだけでも十分です。

 

「歩きなれた道を歩いてもつまらないよ」

という人は、ちょっと駅までの道のりを、実際に歩いてるつもりで細かく想像してみて下さい。

 

どんな家が並んでいますか? 屋根の色や材質、壁の模様、庭の柵の色や植えられている植物の種類はどうでしょう。

空にはどんな雲が浮んでいますか? 色、形、光と影の具合、大きさはどうでしょう。
どんな生き物がいますか? 野良猫、散歩中の犬、イタチ、小鳥、カラス、鳩……彼らはどんな動きをしているでしょう。目や鼻や耳の形は? 

 

たぶん、サヴァン症候群のように特殊な記憶力をお持ちでない限りは、ここまで細かく記憶している人はいないと思います。

だから、あなたが実際に駅まで歩くと、今想像してもらった以上にいろいろなものが目に入ると思います。それらすべてが脳への刺激となります。

これは個人的な感想に過ぎませんが、周囲を細かく観察すればするほど、より多くの刺激を得られるような気がします。


毎日同じ道を歩くと退屈するんじゃないだろうか?

と、そんな心配をする方もいるかもしれませんが、実際は、私たちは同じ道を歩いても毎回少しずつ違った刺激を受け取っています。

 

たとえば、季節によって道端や家々の庭先に咲く草花は入れ替わりますし、出会う動物たちやその行動だって毎日変化していきます。落ちているゴミも違うだろうし、誰かが新しいオブジェを買って庭先に飾っているかもしれません。

実際に毎日歩いてみると、想像している以上に新しい発見に満ち溢れていて楽しいですよ。

 

どうしても歩きに行くことができないという人は、情景描写の秀逸な小説や紀行文などを読むのもいいかもしれません。