嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

友人が自分と同じ分野で成功することに対する「抵抗感」の正体

日、親しい友人とLINEをしていました。その子は現在妊娠中なのですが、つわりがひどいらしく、自宅安静が何週間も続いているような状態でした。

その子がふと、「どうせ寝てなきゃいけないなら、何か物語でも書こうかな」と言ったんです。前から小説の公募には興味があったらしく、この機会にやってみようと思い立ったみたいで。

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ふつうに考えると、親友が自分と同じ趣味を持つのは喜ばしいことのはずです。ところが、私はなぜか不安や焦り、嫉妬のようなものを感じてしまったのです。

 

過去にも、その親友が書いているブログの文章が突然上達したときや、読書好きで思慮深い後輩について「この子の方がよほどいい作品を書きそう。小説を書くと言いだしたらどうしよう」と変な妄想をふくらませてしまったときなんかに、やはり似たような感覚に陥ることがありました。

 

これまで、こういう感情は無視して、感じるたびに心の底に押し込めてきました。自分がそんなことを考えてしまうこと自体がみじめで恥ずかしかったからです。

 

でも、今回は心に余裕があったので、あえて嫌な感情をそのままにして、自分が何に反応しているのかを見つめ直してみました。その結果、ある疑問にたどり着きました。

 

私は、文学の学校で知り合った人たち――つまり創作にどっぷり浸かっていて、私よりいいものをたくさん持っている人たちとは何のわだかまりもなく話せるんです。その人たちが賞に応募しようが、受賞しようが嫉妬も感じず、むしろいい刺激になるくらいで。

 

なのに、なぜ親友や後輩に対してだけこんな感情になるのかほんとうに不思議でした。

 

私はこの春でその学校を卒業したのですが、それに伴い、互いの作品を読みあったり情報を交換しあえる創作仲間を増やそうと考えています。

すでに学校で知り合った人たち数名と連絡先を交換しあって、プライベートで付き合える仲間ができ始めたところだったんですけど……。

ふつうに考えると、親友が創作を始めることは喜ばしいことです。その子とは気の置けない仲で、もし作品を読みあうのなら、お世辞や遠慮なく意見をぶつけ合うことができそうでした。そういう相手がいることって、創作にとても良い影響を与えてくれるものです。

 

それなのに、なんでこんなに抵抗を感じてしまうのだろう?

 

と、その原因を自分の中に探すうちに、ある感情に行きあたりました。

 

それは、次のようなものです。

 

「もし、応募した原稿が入賞して、作家デビューなんてことになったらどうしよう。そんなにかんたんに成功されたら、十年近く書き続けてきた自分の立場がないよ……」

 

これまでずっと見ないフリを続けてきたので、「私ってこんなふうに思っていたのか」とおどろきました。そして気づいたんです。

「他人を納得させることのできるだけの努力をしないと成功しちゃいけない」

と思い込んでしまっていたことに。

 

この気持ちは十数年の間、私の潜在意識の自分でも自覚できないほど深い部分に根を伸ばしていました。でも、ほんとうはそうじゃないんですよね。

 

つい最近、下の記事でも書きましたが、

chelsea-labo.hatenablog.com

 

特に秀でた才能や技術がなくても、魂の込められた作品には人の心を惹きつける力があるんですよね。だから、無理に技術を磨こうとするよりも、自分の好きなことを楽しんだ方が結局のところ近道だったりするわけです。

 

例の友人に対して、私はこんなことも感じました。

 

「この子は、『いい作品を書かなくては』という気負いがない分、変な苦しみもなく自由に書けそうだな。いいなー、楽しそう。私も書き始めたころはそんな感じだったな。……あれっ? じゃあ、いったん技術とか作品の完成度とか忘れて、楽しさだけで書いちゃえばいいんじゃない?

 

すると、「書かなくては」という変な義務感が抜けて、無理に自分を奮い立たせなくてもパソコンに迎えるようになりました。会社に行っていたころ、書くことが楽しくて睡眠不足も気にならない時期があったのですが、今またそのころに戻りつつあります。

 

よくスピリチュアル系の本に「気づくだけでいい」と書かれていますが、気づくことでその部分に対する執着心のようなものが消えて、自然と手放せるようになるみたいです。

「嫉妬」や「恐怖心」といった人を不快にする感情は、深く見つめることで消えてなくなる場合がほとんどなのですが、防衛本能が働いてしまうのか、私たちはたびたびそこから目を背けてしまいます。

 

たまには落ち着いて考える時間を作って、自分が本当は何をどんなふうに感じているのか、今一度見直してみましょう。そこに新しい気づきがあるかもしれません。