嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

人間関係の基本は「そのまま受け止める」こと! 人は「わかってくれない」と感じると不満や愚痴が止まらなくなります

は家族に対してよく不満をもらします。心の中で「やめよう」と思っていても、割と冷静になっていても、一言口にした途端に止まらなくなります。

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ほんとうにくだらないことばかり言ってしまうので、いい加減自分自身にうんざりしているのですが、それでもやっぱり止まりません。

でも、昨日、なんだかその理由がわかった気がしました。

 

「わかってくれない」という気持ちが不満を暴走させる

日、憂うつ感で頭がぼーっとしていたこともあって、朝からたった三枚の書類を書くのに三時間もかかってしまいました。申請用紙を五枚以上ボツにしました。

別に怒られるわけでもないし、バカにされるわけでもないし、残業になるわけでもありません。なので、「大丈夫、問題ないよ」って自分で自分に言い聞かせていました。

おかげでほぼイライラすることもなくやり過ごせたのですが、ふと甘えが出てきて、父に「五枚以上もボツになった。何回書いても間違ってしまう。今日これだけで三時間も使っちゃった」って言ってみたら……あれ、なんて言われたんだっけな。忘れてしまいました(えーっ笑)

とりあえず、「わかってくれない」と感じてしまいました。

そこから止まらなくなってしまって、「もういや」とか「二度としない」とか、余計なことを言いまくってしまって……。

「またやってしまった……」と落ち込みながら家に帰ってきました。

でも、そのとき初めて、『「わかってくれない」と感じるから、わかってもらおうとして余計に不満がエスカレートしてしまうのだな』ということに気づきました。

 

「受けとめてもらえた」と感じると落ち着く

対に、「受けとめてもらえた」「わかってもらえた」と感じると、それ以上なにも言わなくてもいいという気になります。

これは恋人や友人と接しているときに多いです。人に恵まれている証拠ですね。

「そうなんだね」とか「そっか、しんどいね」とか、そのまま受けとめてもらえると安心します。「これでいいんだ」って思えるというか。

特別な言葉じゃなくても、自分が言ったことを繰り返してくれるだけでも落ち着きます。オウム返しをすると好感度がアップするって言いますが、それと似たような心理なのでしょう。

 

「受けとめてもらおう」とするよりもまず「自分が受けとめる」意識を

こで日ごろの自分の人の受けとめ方に目が行きました。「そういえば、私もそのまま受け止められてないなあ」って。

無理に共感しようとしたり、相手の気持ちを前向きにさせようとして、「しんどい」っていう相手の気持ちを受け止められてなかったなと。

「相手を持ち上げてあげたい」という気持ちもまた、善人の皮をかぶった支配欲あるいはエゴなんだなと気づきました。

父に対しても、「大変や」「腹立つ」という言葉に、つい「お客さんにそんな言葉遣いしない」とか「大変大変って言ってたら余計に大変になるで」なんて返しちゃってたなと。

それは恋人や友人に対しても同じで。

なので、これからは、たとえそれがネガティブな言葉や自己卑下の言葉だったとしても、相手の言葉をまずはそのまま受けとめられるように意識したいと思いました。

 

まとめ

だ生きているだけで、毎日新しい発見の連続ですね。泣いたり怒ったり忙しいけれど、ふとした拍子に「おお、楽しいな」って感じる瞬間があって。そんなふうにおもしろがる余裕が出てきたことにびっくりです。

恋人ができたことで、自分の中のこれまで目を背けていた部分と向き合わざるを得なくなり、それがけっこうつらかったんですけど、こうして人と関わっていく中で余分な殻が剥がれていくものなんですね。

素敵な出会いに今日も感謝です。