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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

人生は大学、起こることはカリキュラムの一部!

月からライターのお仕事で、一件一万文字くらいある大きめの案件に取り組んでいます。家具のカタログに載せる文を書いているのですが、リライト要素が大きいのですぐに飽きてしまい大変でした。

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(写真は奈良女子大の校舎です)

新しい商品に取りかかった直後は楽しいのですが、一万文字を書き上げることには「もうこの商品見飽きた」ってなっちゃって。

「あー、こんなことしてていいのか、私」

と、若干不安になってきていたのですが、さっき、この仕事が小説の執筆に生かせるということに気づいて、一気にやる気が出てきました。

家具の各部位の名称に詳しくなった

ず、この仕事をしたおかげで、家具の各部位の名称にかなり詳しくなりました。小説を書いていると、細部の描写をするときに、その部分の呼び名がわからなくて困ることがけっこうあるんですよ。ネットで調べてもわからないことも多いので、そういう知識が自然と身についたことは非常にありがたいです。

 

コツコツ書き上げための筋力がついてきた

在、何日間かかけて仕上げるというスタイルでこの仕事に取り組んでいます。毎日原稿用紙2~5枚ずつコツコツ書くという作業は、まさに小説を書く作業と同じ。

私は勢いで生きているようなところがあるので、本来コツコツ型の作業は苦手なのですが(それなのに、なんで文章を書くのが好きなんでしょうね、ほんとに!)、仕事なのでやるしかありません。

そんなわけで、あの手この手を使って、なんとかリズムを作ってきたのですが、その甲斐あってコツコツ書き上げるための筋力のようなものがついてきました。

自然と小説を書くペースにもリズムができて、毎日「書け、書くんだ私!」と無理に気持ちを持っていかなくても、気楽にパソコンに向かえるようになってきました。

 

人生は大学、起こることはカリキュラムの一部

前、何かの本で「人生は大学」という言葉を見かけたことがあるのですが、ほんとうにその通りだと感じました。

途中、「こんなことをしていて大丈夫かな? 私、小説から離れていってない?」と不安になったのですが、やっぱりこれも必要な経験だったんですね。自分の身に起こることがカリキュラムの一部であることをと実感しました。

一見、自分の望みや夢とは関係がないように見えても、それに全力でこなしていけば、自然と必要な知識や感性が身につくんだなあって。

今朝までは、「もうこんな仕事ごめんだー」って思ってたんですけど、今はこの仕事を経験をさせてもらえたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

バージョンアップした自分で書いたらどんな作品に仕上がるのか、いまからワクワクしています。

 

まとめ

変な経験をしている最中、あるいはそれが一段落したあとは、その経験によって自分が得られたものに目を向けるように心がけようと思いました。