読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

「思いやり」という言葉の持つ強制力に振りまわされないで! 人間は罪悪感を刺激されることに弱い生き物です

日は朝から地元のJAの野菜市とすぐ近くの高級スーパーをはしごしました。そのスーパーは質のいい商品が豊富にそろっているのですが、他のお店と比べて価格帯が上なので、SALE品や調味料だけを買うことにしています。

f:id:chelsea-labo:20160526165756j:plain

大根の入った重い買い物袋を提げてレジに並んでいると、以前JAで話したことのあるおばあさんが親しげに話しかけてきました。

「あなた、よくそんなもの持って買い物できるわね」

私は「重たいから大変でしょ」という意味だと思って、「重いんですよ~」と返したのですが……

 

要は無神経だと言いたかったらしい

の返答を受けて、おばあさんは自分の話を始めました。

いわく、彼女はいつも購入したものをいったんJAに預けてこのスーパーに来るそうです。それなら重たくないし、スーパーの人に対してもいやらしくないからと。

「ここにも同じもの売ってるのにこっちで買わずに別のお店で買うのか……って、思う人もいるでしょ。何も思わない人もいるでしょうけど、自分が気分よくないじゃない」

と。

ここで私は初めて、冒頭の「あなた、よくそんなもの持って買い物できるわね」というセリフが「よくそんなJAで買ったもの提げて堂々とこっちで買い物できるわね」という意味だと気づきました。

 

「思いやり」という言葉の持つ強制力

ばあさんはさらにこう続けました。

相手の人にも思いやりを持たないとね。あなたも今度からそうしなさいよ」と。そして私に「お勉強しないと(世間のことを)」と笑いかけました。

とても上品でやわらかい雰囲気の人なので、そこまで押しつけられたようには感じませんでしたが、それでも「思いやり」という言葉を全面に出されると、なんだか言われたとおりにしなくちゃいけないような気分になってしまいました。

「思いやり」という言葉の持つ強制力に気づいた瞬間でした。

 

おばあさんのいう「思いやり」の中身

ばあさんと別れたあと、今度からJAに買い物袋を預けてからスーパーに寄るべきかすこし悩みました。

そして、あれこれと考えを巡らせるうちに、「そもそも、他店で購入した袋を提げてスーパーで買い物をするのは思いやりに欠ける行為なのだろうか?」と疑問に感じました。

たとえば、そこが自分の親しい人がやっているお店ならわかります。でも、今回の話は知らない誰かが経営しているスーパーで、接するのも知らないレジの店員さんなんです。

それに、もし本当の意味でそのスーパーを思いやりたいのであれば、そもそもJAで購入せずにそのスーパーで売られているものはすべてそのスーパーで買うようにすればいいじゃないですか。

JAだって別のスーパーで購入するために、いちいち買い物袋を預けられたら大変です。みんながそのスーパーに「思いやり」というものを持ち始めたら、レジの人は大量の預かり品に埋もれることになってしまいます。

おばあさんのいう「思いやり」の中身は、結局のところ「自分が悪く思われたくない。気まずい思いをしたくない」というエゴだと感じました。

 

まとめ

「思いやり」という言葉には強制力があります。気の弱い人は、それに振りまわされることも多いのではないしょうか?

人間は罪悪感に弱い生き物なので、そこを刺激されるといともかんたんにコントロールされてしまいまうことがあります。

これはどんなことに対してもそうですが、相手の言葉を受け入れる前にまず自分の頭で考えることを忘れないようにしたいですね。

これ、恋愛関係にも大きく影響してきますよ!

 

さいごにひとこと

度そのおばあさんに会って「なんで預けないの」って言われたら、

「よく考えてみたんですけど、私のだったら思いやりを持つならこの店でぜんぶの買い物をするけど、知らない人が経営しているスーパーにそこまでの気持ちは持てないから、わざわざ預ける気になれなくて」と返そうと思います。