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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

無理をしないことは「相手を愛する行為」! 尽くす女が愛されない理由

しいレビューは別ブログ(『目からウロコの恋愛論! 思いどおりの恋愛を手に入れる秘訣はただひとつ「自由奔放」に行動することだった 』)に掲載していますが、先日こっちのブログでもちょこっと話題に上げた『ゲスな女が、愛される』(心屋 仁之助著 / 廣済堂出版) を読んで、現在、ちょっとずつ恋人との関係を軌道修正していっています。

その中で私は、「無理をしないことは=相手を愛する行為だ」という考えに行き着きました。

本日はこのテーマでお送りしたいと思います。

 

 

「お願い♡」に負けてしましました 

週末、泊まりに来ていた恋人が、車のトランクに使用済みのユニフォームを入れっぱなしにしていることに気づきました。においフェチのわたしとしては、これを匂わない手はないと、

遊びに行ったあとで疲れていたので、洗濯までするのはしんどいけど、「洗いたかったら洗濯機は貸すよ?」と伝えました。

結局、洗うことにして、恋人がトランクからお宝を持ち帰ってきました。

ところが、私の話を聞いていたのかいなかったのか、部屋に着くなり恋人が「お願い♡」と可愛く例のブツの入った袋を差し出してきまして……うっかり受け取ってしまったのですorz

内心、「えー、私が洗うの!? 洗濯機は貸すけどって言ったのに、もしかして伝わってなかった?」とショックを受けつつも、断る勇気が持てなくてしぶしぶ洗濯機を回しました。

そのあいだ、「私の言い方が悪かったから」と無理に自分を納得させようとしてみましたが、やっぱりモヤモヤしました。

で、このままじゃいけないと思って、今度は勇気を出して「干すのはお願いね♡」と言ってみたんです。(お母ちゃん、私、やったよー!)

 

つい余計な一言を口にしてしまいました

ぅぶぅ言いながらも気持ちよくやってくれたところまではよかったのですが……干し終えて恋人が一言。

「はー、おれめっちゃ手伝った」と。

いやね、なんかもう目がキラキラしてて、「褒めて、褒めて」ってしっぽフリフリ状態で可愛いのは可愛いんですよ。ちょっとキュンってするくらい。

 

でも。

 

つい、「手伝ったって、自分のやん~」と思ったまんま返してしましました。イライラしていたわけじゃないけど、「なんでユニフォーム洗わされてるんだ」という気持ちが言葉に出てしまったみたいです。

あきらかにテンションダウンした様子の恋人。

そのあと、すぐにまた元に戻りましたが、男と女ってこういうのが積み重なってすれ違うようになっていくんだろうなと怖ろしくなりました。

 

問題は正しいか否かではなくて…… 

しかに、手伝ったという表現は変なんですけど、でも問題はそこじゃないんです。

じゃあ何が問題なのかというと、わたしがいつもの愛情いっぱいの状態なら「おー、よしよし、エライエライ」と犬扱いしてふざけたりできたはずなのに、無理をしたせいで単なるじゃれあいとして受け止める余裕を失ってしまったということです。

心屋さんが「無理に尽くすな」というのは、こういうことだったのかと腑に落ちました。

無理をすると、相手への不満や怒りに愛情の流れがせき止められてしまうんですよね。それが言葉や態度として伝わってしまった結果、相手も愛情を感じられなくなって、エスカレートすると「どっちが間違っているか」の権力争いに発展してしまう、と。

だから、無理することをやめて自由に振る舞うことは、決して自分のためだけではなく、相手に対する愛情を守る行為=愛する行為でもあるというわけです。

 

まとめ

のことに気づけたおかげで、「無理をするのをやめること」に対する抵抗感がぐっと減りました。 無理にがんばってしんどい思いをして、その上、お互いの愛情が枯れていくなんてなんのメリットもないですからね。

よーし、無理しないぞー!

これからは、嫌なことは「嫌♡」、やりたくないことは「やりたくない♡」、できないことは「できない♡」でいきます。