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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

「もっと早く来ていればおいしいトマトにありつけたのに!」悔しいという感情の奥に自分を責める気持ちが隠れている場合も

がだるくてクラクラするので、貧血対策に枝豆を食まくってみました。その後まもなく猛烈な眠気に襲われて、二時間近く眠り込んでしまいました。

毎度おなじみのつるぞのです、どうもこんばんは。

枝豆には誘眠効果があるんでしょうか。不眠の方はお試しあれ(たぶん効かないよ)

さて、今日はトマトの話です(!?)

先月、家に後輩が遊びに来てくれたときに、『嫌われる勇気』(岸見 一郎・古賀 史健 著 / ダイヤモンド社) を見せながら、「他人と比べることから悩みが生まれる」というくだりについて話をしていました。

 そこで後輩から「書かれていることは理解できるけど、こんなふうに感じられないときはどうしたらいいんでしょう」という質問を受けました。

 

 

あの人のトマトの方がおいしそう!

こでトマトの登場です。

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これは、後輩がスーパーに大好きなトマトを買いに行ったときの話です。 

売り場でトマトを手にして気分はルンルン!

ところが、レジに並んでいると、前に並んでいる人のカゴの中に自分よりもずっとおいしそうなトマトが入っていることに気づいてしまいました。

それを見て、後輩は「あー、もっと早く来ていればあのおいしそうなトマトを買えたのに」と悔しい思いをしたそうです。

 

その奥にある気持ちを探っていく

ういうときも、「比べないようにすること」を考えるより、その奥にある気持ちを探っていくといいと思います。

たとえば、ここで「もっと早く来ていれば」と感じることは、イコール自分を責めていることになるんじゃないかと思います。

「自分が早く来なかったからおいしいトマトを入れ手に入れられなかった」

って、まるでおいしいトマトを手に入れられなかったのは自分のせいだと思っているみたいじゃないですか。

そして、なぜそう感じるかというと、それは「常に自分を責める材料を探しているから」なんじゃないかなと。

自分を責めて反省ばかりしたがっているから、なんでもかんでも反省の材料として拾ってしまうんですよね。そのまま受け止めれば、「今日はタイミング悪かったなー」くらいで済む話なのに。

それに気づくためのヒントとして、悔しいという感情が浮かんできているのかなと感じました。

 

まとめ

によって持っている課題は違うので、これが彼女の場合に当てはまるかはわかりませんが、ひとつの考え方として例示してみました。

考えるきっかけを与えてくれた後輩に感謝です。