嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

芸術方面で才能を開きたい人必見! マインドフルネス瞑想は感性を高めるのにも有効です

インドフルネス瞑想の本を読んでから、正しい方法で瞑想を続けています。毎日がっつりするのは苦手なので、時間を短くしたりサボったりしながらですけどね(笑)

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その中で、日常的に行うエクササイズが感性を高めてくれることに気づいたので、今日はそれについて書きます。

 

 

床に座って行う瞑想はベース作り! 生きている時間のすべてが本番

がそうであったように、多くの人は床や椅子に座ってそれに取り組むことだけが瞑想だと思っているかもしれません。

しかし、実際は日常的に続けるタイプの瞑想とセットで行います。むしろ、日常的なエクササイズの方が本番で、床に座って行う方は意識を現在に集中するためのベース作りのようなものだと私は解釈しています。

つまり、瞑想の世界に足を踏み入れた瞬間から、生きている時間のすべてが本番ということになるのです。

 

すべてを感じながら「いまこの瞬間」に在り続けるのが瞑想

想とはすべてをあるがままに感じることです。たとえば、床に座って行っている場合、お尻と床との接点に感じる圧力や肩の筋肉の痛み、お腹の動き、背中に感じる温度、頬のほてり、鼓動の速さ、聴こえてくる音、肌に感じる空気の動き……などなど、あらゆる感覚に注意を向けていきます。

続けていると思考が過去や未来をさまよい始めるので、それを「良い・悪い」で評価せずに淡々と見つめ、その先に何があるのかを確認してから、静かに意識を戻します。

こうやって五感で感じることや思考・感情の動きをただただ感じながら、「いまこの瞬間」に在り続けるのが瞑想です。

 

見つめれば見つめるほど観察は鋭くなっていく

常生活にこれを取り入れると、ふだんは素通りしていた事象をそれこそ穴が開くほど見つめることになります。

そして、見つめれば見つめるほど、脳は新しい情報を探そうとするので観察は鋭くなっていきます。

たとえば、私は今朝いつもの散歩コースを歩きながら、雨上がりのアスファルトを靴底で踏みつけるときの音が、細かい石がこすれあう音だということに気づきました。雨の日にだけ聴こえるのは、靴と石が水に濡れて摩擦力が高まった結果生じている音だからだろうとも。

他にも、木によって風が吹いたときの揺れ方が違うこと、電柱がまっすぐに生えていないこと、ある交差点の標識に「自転車も止まれ」という表示が追加されていること、大きな音が鳴ったときに自分の鼓動が速くなることなどを発見しました。

どれも他人にとってはふつうのことかもしれませんが、いつも上の空で歩いてばかりいた私にとっては新鮮な体験でした。

 

まとめ

常的な瞑想を続けていれば、仕事や家事など日常的に「やらなければならないこと」の最中はもちろん、家でリラックスしているときや遊びに行った先でもふつうでは得られない発見と感動を味わい続けることになるでしょう。

そして、そういった経験が積み重なって新たな感性が作られていくのだと、私はそう考えています。

 

マインドフルネス瞑想について学ぶならこの本がおすすめです

インドフルネス瞑想について正しい知識を得たいという人には、こちらの本がおすすめです。別ブログの方で詳しく紹介しているので、興味のある方はご覧下さい。

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