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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

アドバイスはありがた迷惑? 伝えたいことがあるときは「自分の体験として話す方法」と「質問する方法」を使うと◎

人間関係(家族・恋愛・友情他)

は人にアドバイスをするのが好きで、悩み相談されるとめっちゃ張り切るタイプだったのですが、ある地点で「相談されてアドバイスをするという関係は対等ではないし、相手が自分で考えて気づく機会を奪うのは相手のためにならない」と感じるようになってからは、なるべくアドバイス的なことを口にしないようにしてきました。

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しかし、長年やり続けてきた云わば習慣のようなものを突然やめるのは難しいですね。つい「こうしたらいいんじゃない?」なんて余計なことを言ってしまうことも多々あります。

 

 

アドバイス封じのために思ったことを飲み込んでみたけれど……

こで、アドバイス封じのために、思ったことを飲み込むことにしてみました。

(その考え方だとしんどくなる一方だよ……)

ごっくん!

(もっとこうやったら楽になるのに……)

ごっくん!

これはけっこううまくいったんですけど、そうなると相手が話しているときは、ひたすら相槌を打つだけのつまらないコミュニケ―ションしかできなくなってしまいます。

すると、しばらく続けるうちに「つまんない」という感情が強くなてきて、結局ふり出しに戻ってしまいました。

「う~ん、受け入れるって、こういうことじゃない気がする」

「素直な反応を返さないというのは違う気がする」

とまあ、こんな感じでモヤモヤしちゃいまして……。

 

「自分の体験として話す」という手段にたどりついた

んなある日のこと。私は突然ひらめきました。

「こうすればいいよ」とアドバイス的な話し方をするのではなくて、自分の体験として話せばいいんだ、と。

アドバイスしたくなるということは、過去に自分も似たような経験をしていて、かつそれを乗り越えたことがあるということです。それを体験談として話せば、少なくとも私視点の捉え方が伝わるだろう、と。

もちろん、それだと気づかない人もいるかもしれませんが、それならそれでいいんだと思います。その人にとってはまだ気づくタイミングではないのでしょう。

何かの本に「人は教えられるより自分で気づいた方がいい刺激になる(身につきやすいとか、そんなニュアンスだったかな?)」という記述があったんですけど、その通りですよね。

私も、これまでにいろんな自己啓発書を読んできましたが、書かれていることよりも自分で気づいたことの方が実行に移しやすく、また長く続きやすかったように感じます。

 

矛盾に気づいてもらいたいときは「質問する」といい

れからもうひとつ使えそうなのは、「質問する」という方法です。これは、相手に矛盾に気づいてもらいたいときに有効です。

これはカルト宗教に洗脳されてしまった人を救うための方法として紹介されていた方法ですが、固定観念も親や社会からの洗脳によって形成されるものなので、同じように使えるんじゃないかと思います。

たとえば……

「仕事つらいけど辞められないし」

「どうして辞められないの?」

「まだ三年も働いてないから今辞めても転職先が見つからないよ」

「どうして三年以上働かないと次の仕事が見つからないの?」

「だって……」

と、こんな感じで質問していくことで、本人に「そういえば、なんでそう思っているんだっけ?」と気づいてもらうことが目的です。

ただ、一歩間違えると「本当に三年働かないと転職できないの?」と疑うような形になってしまうので、慣れるまでには慎重になた方がよさそうです(私、うっかりしてるからな~)

 

まとめ

んな感じで、ちょっとずつアドバイス癖を直しつつあります。

このブログも、ネットで公開されていた「読まれる記事の書き方」を参考にした結果、アドバイス的な書き方が多くなってしまったのですが、最近は軌道修正しつつあります。