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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

お金を使うことは自分にエネルギーをチャージすること! 電子マネーの仕組みから考えるお金の在り方

お金・夢・才能・仕事

日は、ブログ上でたまに遊んで下さるid:kentaro-takanoさんのブログを読んでいて感じたことをちょこっと書きます。

f:id:chelsea-labo:20160704161316j:plain

 

本文を引用させていただこうと思ったのですが、それだと記事内容をまるごと使うことになってしまうので、代わりに埋め込み式のリンクを貼っておきますね。

 

kentaro-takano.hatenablog.com

 

読めない方のために概要をさらりと

電子マネーで改札を通るときに、後ろの人から残高を見られることがあります。仕事には見栄も必要だろうということで、この方は見られたときのために食事代を削ってでも相応の金額を入れておくそうです。

 

 

イコカへのチャージを限界までしぶっていた

の記事を読んでまず思い浮かんだのは、イコカへのチャージを限界までしぶっていた自分です。

落としたときのことも考えて最高2千円くらいまでしか入れないようにしているのですが、それでもチャージするのが億劫でした。なくなるわけじゃないのに不思議ですよね。

あと、「落としたときのことも考えて」って、何気に落とすことを引き寄せている自分にもゾッとしました。私、全然気づいてなかった!

 

電子マネーの仕組みから考えるお金の在り方

こで注目していただきたいのは、電子マネーにチャージしても「お金がなくなるわけではない」という部分です。

これってお金をエネルギーとして捉えた場合の仕組みとそっくりだと思いませんか?

電子マネーの場合、チャージをしても手元のお金が電子データに変換されるというだけで、実際は何かが失われるわけではありません。

そして、お金をエネルギーと捉えた場合も、お金が物や体験といった別の価値に変換されるだけです。

それなのに、電子マネーにチャージするよりも、お金を別の物に使うときの方が抵抗があるというのは、よく考えると変な話だなあと思いました。

お札や硬貨が失われたという事実はどっちも同じなのに。

 

お金を使うときは自分にエネルギーをチャージすること!

こで思いついたのが、お金を使うときに「自分にエネルギーをチャージしている」と考えるという方法です。

使えば使うほど自分の中にエネルギーとして価値が蓄積されていって、必要に応じてそれを自由に使うことができる。しかも、こっちは電子マネーとちがってエネルギーに変換した方が価値が高まっていく……といったイメージを持っていれば、今よりもっと気楽にお金を使えるような気がしました。

 

まとめ

がボロボロになっても買い替えられなかった昔のことを思えば、お金の使い方はかなり上手になったつもりですが、まだまだ「なくなってしまう」という不安感も強いのが現状です。

今年の後半はお金との関係をよりフランクなものに変えていけたらと思います。