嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

何かから逃げるために「夢」を利用すると結果的に追いつめられることになる

は何年も作家になることへの執着心を捨てられずにいました。書くことや物語を考えることが好きであることは確かだったのですが、それを仕事にすることにこだわるあまり、気づいたら書くことを楽しめなくなっていました。

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その理由のひとつは、「子どもを産むことから逃げるため」でした。

……ん? その二つにどういうつながりがあるんだ?

と疑問を持たれた方が多いかと思いますが、とりあえずそのまま続きのページを開いてみてましょう!

 

 

私が子どもを産みたくない理由

近、ブログでこのテーマについていろいろと書いているので、ご存じの方も多いかもしれませんが、私は今のところ子どもを産みたくないと思っています。

理由は……わがままだと言われるのが怖くて、ほとんど人に話したことがありません。

でも、ここで言っちゃいます。

  • 自分の時間を奪われたくない
  • 産むときにハサミで切られるのが怖すぎる
  • 結婚相手の家族との関わりが増えるのが嫌
  • 子ども関係の人間関係に振り回されたくない
  • 育てるのがめんどくさい
  • 相手をするのもめんどくさい
  • 子どもができたら自分に余裕がなくなって夫婦関係が壊れそう
  • 体型が崩れて女扱いされなくなるのが嫌
  • 子どものために必死で働きたくない
  • こうしたデメリットを打ち消すほどの魅力を子どもに感じない

他にも挙げ出したらきりがないので、ここでやめておきます。

共感してくれる人もいれば嫌悪感を抱く人もいるかと思いますが、これが正直な私の気持ちです。

 

正当な理由を作るために「夢」を利用した

近になってやっと少しずつ話せるようになりましたが、それまでずっとこうした理由を否定し続けてきました。

こんなわがままな自分が受け入れられなかったんです。人に話せば絶対に嫌われる、人格を疑われると思っていました。

そこで登場したのが「夢」です。

「夢を叶えるために時間が必要だから、子どもを産み育てる余裕がない」

「作家になったらなったで仕事に打ち込みたいから、子育てのことまで考えられない」

これなら正当な理由として人に話せると思ったんです。

 

作家になれなかったら産まなきゃいけなくなる?

こまではまだよかったんですけど、そのうちに「作家になれなかったら産まない理由がなくなる。理由がなくなったら産むしかない」と考えるようになっていきました。

そして、気づいたときには、夢を追うことが純粋な喜びではなくなり(純粋な喜びだった時期ってほとんどない気がします)、子どもを産むことから逃げるための口実になってしまっていました。

今の私からすると「それがどんな理由であれ、産みたくないなら産まないという選択をすればいいだけやん」という感じなんですけど、そのころは世間の価値観に完全に支配されていたのです。

そこから「なれなかったらどうしよう」という不安がふくらんでいき、どんどん追いつめられてしまいました。

これが執着心を作っていたもののひとつです。

それを見抜いて、かつ「作家になれなくても無理に子どもを産む必要はない」ということに気づけたことで、わたしの執着心は消えました。(他の理由もありましたが、そっちも同時期に解消されました)

 

まとめ

着心を手放すには相当な勇気を必要としますが、複雑に絡み合っている紐を丁寧にほどいていけば、必ず解放される瞬間はやってきます。

まずは、自分の執着心の正体を見抜くところから始めてみるといいかもしれません。

 

みんなでやってみよう!

なたが追いかけている「夢」や「目標」の背後にどんな「怖れ」が隠れているのか探してみましょう。

  • 夢を叶えないと自分を馬鹿にしたやつらを見返せない
  • 夢を叶えないと両親に認めてもらえない
  • 夢を叶えないと幸せになれない
  • 夢を叶えないと自分の不幸の穴は埋められない
  • 夢を叶えないと自分の欠点を補えない

などなど、思いつく限り挙げてみて下さいね。(よかったらコメント欄に書き込んでみて下さい)

そして、出てきた答えに対してこう問いかけてみましょう。

「本当にそうなのか?」