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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

フットワークが重い人は「やめること」に対して抵抗があることが原因かも! 合言葉は「やめたくなったらやめればいい」

なたはフットワークが軽い方ですか?

それとも、何をするにも不安が大きくて、「やりたい」と感じても結局行動に移せないままになってしまうことが多い方ですか?

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もし後者の場合、その原因は何かを「やめること」に対して抵抗を感じていることにあるのかもしれません。

 

もくじ

  • 「やめたくなったらどうしよう」がフットワークを重くする
  • やめたくなったら「やめればいい」だけ
  • まじめに考えすぎて動けないくらいなら適当になった方がいい
  • まとめ
  • みんなでやってみよう!

 

 

「やめたくなったらどうしよう」がフットワークを重くする

は、何かを「やめること」に対して抵抗があればあるほど、何かを始めるときのフットワークが重くなります。

「あれやってみたいな」と感じても、「途中で飽きたらどうしよう」「嫌になったらどうしよう」と、やめたくなったときの不安が次々に浮かんで来て足止めされてしまうからです。

やめたいことがあるのにやめられない状況ってすごくストレスよね。

「仕事をやめたいのにやめられない」

「習いごとをやめたいのにやめられない」

「あの人との付き合いをやめたいのにやめられない」

こういったストレスを想像すると、一歩踏み込む勇気が萎えてしまいます。

 

やめたくなったら「やめればいい」だけ

ういうときは、「やめたくなったらやめればいいや」と軽く考える方向に持っていくことにしています。

「そんなかんたんにやめられるわけない」

と思っている人は、「なぜかんたんにやめられないのか」に目を向けてみて下さい。

「最低三年は同じ職場に勤めないと転職できない」と思っているからですか?

それとも、かんたんにやめると誰かに「お前は意志が弱い」と責められるからですか?

「やめられない」という気持ちの奥にも、過去に刷り込まれた誰かの価値観が隠れています。それを見破って、「やめられない」の罠から抜け出すと楽になりますよ。

私は正社員を目指していたころ、「三年は同じ職場に」という思い込みがあったので、人間関係で失敗することなどが怖くてなかなか前に進めませんでした。

でも、あるときそこに気づいて「じゃあ、もうダメになったらやめていいってことにしちゃおう」って思ったんです。

それで気持ちが楽になったので、そこからはフットワークも軽くなりました。

 

まじめに考えすぎて動けないくらいなら適当になった方がいい

「やめられない」に縛られてフットワークが重くなってしまう人は、何事も真面目に考えすぎて、結果的に動けなくなることが多いのではないかと思います。

私自身、「失敗してはいけない」「途中で投げ出してはいけない」「嫌になっても変更してはいけない」という思い込みが強かったので、そうなることを怖れてほとんど動けない時期がありました。

今、ある程度動けるようになってみて感じるのは、まじめに考えすぎて動けなくなるくらいなら、適当人間になって行動することにエネルギーを注いだ方が100倍も1000倍も価値があるということです。

リスク回避のために動けずにいると、動けない自分を責める気持ちがふくらんで自信を失っていきますが、行動すれば失敗しても「行動できた」という自信が溜まっていくので、どんどん新しいことに挑戦する勇気が出てくるんです。

 

まとめ

中でやめたって、投げ出したって、別に自分の価値は変わらないし、思っているほどヤバイことにもなりません。

自分がいた周辺で「あいつは無責任だ」と噂になったとしても、全員が同じように感じているとは限りませんし、たとえそうだったとしても別の居場所に移ればいいだけです。

こんな記事を書いている私も、新しい場所に踏み出すことを躊躇してしまうことは多いですが、「やめたくなったらやめればいいだけ」を合言葉に、これからもっと活動の場を広げていきたいと思います。

 

みんなでやってみよう!

「やめたくなったらやめればいい」と声に出して言ってみましょう。

かんたんにやめることに抵抗がある人は、「なぜかんたんにやめてはいけないのか」を考えて、自分の中にどんな思い込みがあるのかを探ってみましょう。