嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

創作でも仕事でも勉強でも「他人から評価されること」を目指していたら楽しくなくなるのは当然!

説を書いていて思ったんですけど、いいものを作ろうとすることと、人から評価されるものを作ろうとすることは違うんですよね。

ここに来るまで、そのことを意識したことがありませんでした。

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幸い、これまでに師事してきた先生方は「自分の感性を大切にして下さい」という姿勢で指導して下さったので、主体的に小説を作り上げていく力はある程度身についてはいると思います。

でも、その一方で「先生や仲間に褒められそうな作品」「誰からも欠点を指摘されない作品」を作ることに気が向いてしまう時期もあります。

 

 

「他人の目にどう映るか」ばかり考えていた時期

静に分析してみると、書くことが楽しめない時期っていうのは、この「先生や仲間に褒められそうな作品」「誰からも欠点を指摘されない作品」に仕上げることに意識が向いている時期だったんだなと気づきました。

「自分が何を書きたいのか」「どんな世界観を描きたいのか」ではなく、「他人の目にどう映るか」をばかり考えていたら、そりゃあ楽しくなくなりますよね。

 

創作って人生そのものみたい

れって人生そのものみたいだなって思いました。

「自分がどう生きたいか」「何が好きなのか」を差し置いて、「どう生きれば他人から評価されるのか(あるいは責められないのか)」ばかり考えていたら、そりゃあ生きることだって楽しくなくなる。

生きていることが義務みたいになってきて、死にたくもなるだろうなって思いました。

 

この考えは割と何にでもあてはまる

の考え方って割と何にでもあてはまるんだと思います。

創作活動している人はもちろん、ふつうにサラリーマンしている人も、OLやってる人も、経営してる人も、フリーランスやってる人もそう。

「楽しくない」「しんどい」って感じるときは、自分目線以外のところで考えてしまってる。

だから、「なんか最近しんどいなー」って思ったら、頭の中で他人を削除して疑似的にひとりきりの空間を作ってみることにしています。

そしたら、自分がどんなふうにしたいのかが見えてくるから。

 

さいごに

んどい・つらいっていう気持ちは、「そっちの方向やめときや~」っていうメッセージだと思っています。だから、しんどくなってきたらあっさり方向転換することにしています。