読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

「誰が正しいのか」を考え始めるとドツボにはまる! まずは中立的な観点に立つことが大切です

社でも学校でも家庭でも、何か不快なことが起こったときに、「誰が正しいのか」を考え始めるとドツボにはまります。

f:id:chelsea-labo:20160824093212j:plain

 

 

「自分が正しい」という結論に達した場合

ろいろと考えた結果「自分が正しい」という結論に達した場合、「相手を変えよう」という意思が働いてしまいます。

しかし、相手をコントロールしようとすれば当然反発にあうだろうし、もし相手の自尊心が低くてコントロールに成功したとしても信頼関係にひびが入ってしまいます。

お互いに自分が正しいことを証明するために相手の非を並べ立て、傷つけ合い&罵り合いの泥沼と化してしまうことでしょう。

 

 「相手が正しい」という結論に達した場合

対に「相手が正しい」と判断した場合、まちがっているのは自分なので我慢するしかなくなります。相変わらず傷ついているおとには違いないのに、言いたいことが言えず、人によってはその気持ちに無理やりフタをしてしまうことでしょう。

また、傷ついているのにそのことに対して罪悪感を抱えるという矛盾した心理状態に陥ってしまうこともあるかもしれません。

 

まず中は立的な視点に立つことが大切

局、「誰が正しいのか」という視点で見てしまうと、どっちに転んでもわだかまりが残ることになります。

だから、何か問題が起こったときは、まず「どちらが正しいか」は棚に上げて、中立的な観点に立つことが大切です。

私の場合、「それぞれそういう選択をした、あるいは感じ方をした」という感じで、感情と事実とを切り離して整理するようにしています。

 

事実と感情を切り離して考える癖をつける

情と事実とを切り離して考えることは、慣れるまでは難しく感じられるかもしれません。

そこでおすすめしたいのが「実とそれに対して感じたことを分けて日記をつける」という訓練法です。

たとえば、

「同僚に挨拶をしたら無視された。きっと私は嫌われているんだ」

ということがあった場合、

(事実)同僚に挨拶をしたら返答がなかった

(感情)私は自分が嫌われているから無視されたのだと感じた

こんな感じで事実と感情とを切り離します。

これを続けることで、ふだんから感情と出来事を切り分けて考える癖がついてきます。

また、問題は「自分が感じていること」であって事実自体にはいいも悪いもないということもわかってきます。

特に女性は感情と事実とを混同しやすい傾向にあるので効果が実感しやすいんじゃないかと思います。

 

まとめ

ちらが正しいかというこだわりは、お互いの関係をこじらせるだけです。

まずは、”自分が正しいということを証明しなくても自由に行動していい”ということを受け入れることから始めてみてはいかがでしょうか?