嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

古いエネルギーから新しいエネルギーに入れ替わっていくこの時期に私の中で明確になったこと

はようございます!

明日は新しくできた年下の友だちと淡路島まで出かけるので、いまからワクワクどきどきしているつるぞのです。

女の子だけどこっちが一目惚れして連絡先を渡した子なので、なんだか初デートに向かう気分です♡

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さて、大木ゆきのさんのブログによると、今は古いエネルギーから新しいエネルギーに入れ替わる時期、「何が必要で何が不要なのかが明確になっていく」時期らしいです。

 

▼詳しく知りたい方はこちらをどうぞ

ameblo.jp

 

そこで今日は、私の中で明確になったことは何かということに思いを巡らせてみました。

自分のための覚書のような記事なので、みなさんのヒントになるかどうかわかりませんが、とりあえず公開しておきます。

 

 

この生き方にさっさと切り替えられたこともある種の才能だったのかも

まず、いまの私の生き方って、すでにいろんな人が本やブログで公開していて、世の中にもだいぶ浸透してきていることだと思うんです。

でも、周りを見た渡す感じ、まだまだそっちにシフトできていない人がたくさんいます。そうしたくてしている人はともかく、「この生き方ではしんどいけど、どうすればいいかわからない」ともがいている人もけっこういるなあ~というのが率直な印象です。

心屋さんのブログを読んでいても、そういう人たちからのコメントがたくさん入っています。

そのことを考えると、人生の早い段階で「これだ!」と直感して、割とすんなりこっちに移行できたこともある種の才能たったのかなと思いました。

 

必要のないものを宇宙は私に与えない

ね、私がこのブログを書き続けているのって、単純に書きたくなるからなんです。ネタがどんどん溜まっていって圧力が高まってくると、書いて公開しないとイライラしちゃうの。

でも、ふと我に返ったときに、「すでにいろんな人たちが広めていることを、私があえて発信する必要あるのかな?」と思って、ときどき立ち止まることがあったんです。

たけど、今、感覚をつかんでどんどん新しい生き方を試していて、さらにそれを伝える手段を持っているということは、やっぱりこっちでいいんだなって思いました。

必要のないものを宇宙は私に与えないだろうって。

無理をしなくても続けられるってことは、そういうことなんだろうと。

 

やっぱり書きたいものは小説

だ、なんとなく「これだけじゃない」という気持ちもあったんです。

一時は自己啓発書のようなものを書くのもいいなあと思ったんですけど、それもやっぱり違う気がしていて。

こういう形の文章を書くのはブログだけで十分だなって。

そこで思い浮かんでくるのは、やっぱり小説なんですよね(「またそれか!」って言わないでね♡)

 

現実の自分と創作との間にできた溝について

それで、少し前から創作活動を再開しているんですけど、いざ作品を作ろうとするとある部分にぶつかってしまいます。

うまくいえないんですけど、それは、「この生き方に切り替えたせいで、主人公たちの心に寄り添いにくくなってしまった」という感覚です。

「そんなんこうしたらかんたんに解決するのに、何を悩んでるんやろう?」と冷めてしまって。

それならそれでいいやとそのまま突き進めると、めっちゃ単純な物語になってしまうんですよね。よくある自己啓発てきな物語というか。(進○ゼミの漫画的な)

人物造形も浅くなってしまってしまって、個人的に魅力が感じられないから力が入らない。でも、だからといって過去に描いていたような人物を描こうとすると、今の自分の意にそぐわないから共感できず。

この、現実の自分と創作との間(って、変な表現かもしれないけど)にできた溝をどうしたらいいかわからなくて、何度も「やっぱりもう小説を書ける立ち位置にいないんじゃないか」って挫折しそうになっていました。

 

これまでのやり方では書けなくなったというだけのことかもしれない

から、テーマ性を無視した作品を書いたりもしていたんですけど、それもいまいちピンとはこなくて。読んだ後に何も残らないものを書いて何になるのだろうか、と。

それはそれで追求してみてもおもしろいなあって思ってはいますが、今日改めてゆっくり考えていたら、今の自分の状態を利用する方法がなんとなく明確になってきました。

すっかり忘れてたんですけど、私が自分の生き方を探し始めたのって、小説家になりたい一心だったんですよね。

高校生のときに誰かが「作家になりたいなら自分の哲学を持つこと」って言っているのを聞いて、当時そういう部分がすっからかんだった私は焦って必死で探し始めたんです。

それが、気づいたらこの場所につながっていました。

これにはやっぱり意味があると思うし、私は書けなくなったと思っているけど、本当は今やっと準備が整ったのかもしれないなと感じています。

ただ、すべてが変わってしまったから、これまでのやり方ではうなくいかなくなってしまったのかもしれません。だって、これまっでと同じやり方で書いても意味ないですもんね。

 

知らないうちになんかいろいろ身についた気がする

んなことを考えながら、いつもとは別の視点で今の自分を見つめてみると、知らないうちになんかいろいろ身についている気がしてきました。

たとえば、

  • 作品全体を俯瞰できるようになってきた(前は全体の感想とか書けなかった)
  • 自分に合ったテキストエディタの使い方を開発した
  • 自分なりの小説観ができあがって来た

こんな感じです。

自分だけで楽しんでればそれでいいやって思ってから、極めていくことに対する興味を失っていたんですけど、せっかく整ってきたのにここでやめるのはもったいないなって思いました。

「もう趣味でいいや」なんて言っていても、小説を読むと刺激を受けて「あの作品はここをこうすればもっとおもしろくなりそう」とか考え始めてしまうんですよね。

いつか私の好きなシンガーソングライターの月野恵梨香さんが、音楽を目指す人に対して、「逃げても逃げても追いかけてくるようであれば、やってみればいいと思う」と話されていたんですけど、これって彼女の言う「追いかけてくる」のポジティブバージョンなのかなと思っています。

 

まとめ

いうことで、自分の伝えたいことを物語の中に溶け込ませる方法を探るため、しばらくは試行錯誤する時間を多めに設けてみようかと思います。

完全に自分語りのようになってしまいましたが、みなさんもよかったらこの機会に一度気持ちを整理されてみてはいかがでしょう?

これまでは気づかった意外な発見があるかもしれません。

 

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