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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

「中立」という考え方が受け入れられない人へ! 私はこうやって抵抗感を乗り越えました

教でいうところの「中立」という概念を知ってから、その感覚に馴染むまでに一年近くかかりました。(もしかしたら、もっとかも)

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どうしてもある点がひっかかっていて、抵抗感がぬぐえなかったんです。

今、やっとその答えが見つかったので、みなさんにもお伝えしたいと思います。

 

 

「中立」というのは、「物事には良いも悪いもない。すべてただあるがままに存在しているだけだ」という感じの意味です。(私なりの解釈なので間違っている部分があるかもしれません)

 

もっとかんたんに説明すると、「正しい・間違い」「優れている・劣っている」と判断することを捨てて、物事をそのまま受け止めようという考え方です。

 

「中立」の感覚をつかむと、生きることがものすごく楽になります。

劣等感も、罪悪感も、被害意識も、自責の念も、許せない気持ちも、「中立」の位置に立てばきれいさっぱり消えてしまいます。

なぜなら、こうした感情はすべて、「優劣」や「善悪」による判断から生じてくるものだからです。

 

善悪が存在しないのであれば、罪自体が存在しないことになる。

優劣が存在しないのなら、人に対して劣等感を持ちようがなくなる。

 

つまり、対立する二つのものは消えてなくなるということです。

どちらか片方を意識した時点で、「中立」でなくなってしまいますからね。

 

うわーん、説明が難しい!!

 

ここまで大丈夫?

ついてこれてますか?

この書き方でちゃんと伝わってますか?

 

でね、この考え方について、私は最近まで抵抗感を持っていました。

 

なぜなら、「中立」という考え方を受け入れようと思ったら、「殺人」「窃盗」「災害」「浮気」「暴力」「いじめ」などなど、人が避けたいと感じる事柄もすべて受け入れなくてはいけないからです。

「殺人なんて最低だ! 許せない!」という考えは、「中立」という考え方と矛盾してしまうんです。

 

たぶん、ここでひっかかっている人が多いんじゃないでしょうか?

 

だって、いくら「善悪はない」って言われても、やっぱり身に起こって欲しくないですもんね。

 

このことについて長いあいだ考えた結果、私はあることに気づきました。

 

それは、「間違いではない」「悪いことではない」からといって、それを我慢する必要はないのだということです。

間違いでなくても、悪いことでなくても、自分が「嫌」だと感じたら、選ばなければいいだけのこと。

「中立」の考え方を受け入れても、ちゃんと「何を選んで何を捨てるか」を選ぶ権利はあるんです。

 

ただ、心の中で「別に悪いことではないけど、私がそれを選びたくないだけ」ということを意識しておけばそれでいい。

ここを抑えておけば、人を責めることもなくなるし、自分が我慢することもなくなります。

 

「あなが間違っているからやめて!」

なんて言わなくても、「私はこれを不快に感じてるから、こうして欲しいと思ってるよ」と一言伝えればいいだけです。

 

ある人間関係が嫌になったときも、「お前が最低なやつだから」と理由をつけなくても、「なんとなく一緒にいたくないから離れよう」でいいんです。

それだって、わざわざ絶交宣言をしなくても、連絡が来ても反応しばければいいだけのこと。

 

「中立」の感覚がつかめてくると、いろんなことを「力まずに」変えていけるようになります。私もまだまだ練習中の身ですが、この生き方、けっこうおもしろいですよ。