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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

自分にやさしくできない人は、本当の意味で他人にやさしくすることはできない!

さしい人、と聞いて、あなたはどんな人をイメージしますか?

昔、SMAPのキムタクが「やさしい人が好きな人って、自分にとって都合のいい人が好きなだけでしょ」みたいな発言をしたという記事を何かで読んでギクッとしました。

まさに私が「やさしい人=自分の思い通りになってくれる人と付き合いたい」と考えていたからです。

 

 

よくよく考えてみると、誰かに「やさしいね」って言うときって、相手が自分の望みを叶えてくれたとき、あるいは自分が理想とする行動を誰かに取っていたときが多いです。

 

そして、そういった類のやさしさは、相手が内心でイライラしているかどうかなんて関係ありません。

 

(何で俺ばっかりこんなことせなあかんねん。しばいたろか)

と相手が思っていたとしても、態度や言葉で伝わってこなければ「やさしい」ということになります。

 

また、友だち同士で恋愛トークをしていても、相手に尽くし過ぎる人は度々「やさしすぎる」と評価されます。(中にははっきり「甘すぎ」「依存し過ぎ」と言う人もいるでしょうが)

 

このように、世間一般で使われている「やさしい」という言葉は、心ではなく行動を示しています。

 

では、心のやさしさって何でしょう?

 

ここでは「無条件」がキーワードになります。

 

「やさしくすれば、みんなが自分を好きでいてくれるから」

「やさしくすれば、自分が困ったときに助けてもらえるから」

「やさしくすれば、幸せになれるから」

 

こんな感じで、何かを得るためではなく、純粋にそうしたいという気持ちだけで取る言動が本当のやさしさです。

 

本当のやさしさは与えるだけで自分自身が満たされるので、相手の反応がイマイチでも見返りがなくても気になりません。

 

「そんなマザーテレサみたいにはなれない(なりたくない)」

 

と思いましたか?

 

私もそう思っていました。

 

でも、これは別に「見返りを求めずに、とにかく尽くすして、それ自体に無理にでも喜びを感じましょう」という意味ではありません。

要は、「無理にやさしくしようとするのはやめて、本当にそうしたいときにだけやさしさを与えるようにしましょう」ということです。

 

そして、この「無理にやさしくしようとするのをやめること」は、同時に「自分にやさしくすること」でもあります。

 

  • 頼みごとをされても自分がやりたくないと感じたら断る
  • 周りが困るとわかっていても自分がしんどければ手を抜く
  • 相手の悩み事を聞くのがしんどいと感じたら適当に聞き流す

 

こういうことをしていると、自分の中にどんどんエネルギーが満ちてきます。

どんどん満ちてくると、こんどは自分の中だけに溜めておけなくなります。すると、無理をしなくても他人のために動けるようになってくるんです。

 

これが本当の意味でのやさしさです。

 

つまり、本当の意味で他人にやさしくしようと思ったら、まず自分を満たしてあげる必要があるということです。

 

まとめ

にやさしくなりたいと思ったら、まず自分にやさしくなること。

そこを避けてやさしくなることなんてできないと思います。