嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

身につけた知識をいったん手放す勇気を! 「するべきことに縛られない」「弱点を克服しようとしない」という方針を小説にも適用することにしました

はようございます。

おひさしぶりの更新になってしまいました。

今週は小説の執筆の方に気持ちが向いていて、ブログを書く気になれませんでした。

なので、おサボりしました☆

 

小説の方は火曜日に書き上げて、とある文芸賞に応募しました。

『いまごろわたしの蝶は』という、原稿用紙20枚程度の短い作品です。

作家になりたいという夢、小説を書き続けること、評価される作品を書きたいという欲。あらゆる執着から自由になってから初めて完成させた作品です。

 

実は、今回の作品を書くにあたって、ある閃きが起こりました。それは、今後の私の人生を大きく左右する類のものです。

これは、小説以外のあらゆることに応用できる話なので、みなさんにもお伝えしたいと思います。

 

 

知識を身につけたことで不自由になってしまった

八歳で大阪文学学校に入学してから、在学中の四年間(休学期間除く)で小説に関するいろんな知識を身につけてきました。

おかげである程度は、自分や他人の作品を分析し、改善案を出す能力はついたのですが、その代わりにものすごく不自由になりました。

  • ここはこう書くべき
  • この情報は入れるべき
  • ここは場面として描くべき

といった感じで、たくさんの「するべきこと」に縛られるようになってしまったんです。

もちろん、知識はあって悪いものではないし、これを生かして技術を磨いていくというのが王道だとは思います。

でも、他人から得た知識を絶対的なものとして、それに縛られるのはなんだか違うように感じました。ほんとにここ、ずーっとひっかかっていたんです。

単純に、自分の小説を一般的に理想とされる形に近づけようとしたら、悩みすぎて前に進めなくなってしまうという問題もありました。

頭でっかちになってしまって、そこに身体が追い付かなくなっていたんです。

 

「弱点を克服しようとしない」という方針で生きているはずが……

つからかは忘れてしまったんですけど、私は「弱点を克服しようとしない」という方針で生きてきました。

苦手なことは誰かに頼るなり工夫するなりしてカバーし、カバーできなくてもとりあえず放置しておいて、その分、得意な方向に力を入れようという感じです。

なんでそういう方向に走ったのかは、イケダハヤトさんのブログにぴったりの表現があったのでそれを引用させていただきます。

 

「だって、弱みが克服されたって、それはマイナスがゼロになるようなものじゃない。人材として大きなプラスにはならないよ。」

(引用元:「弱みを諦めて受け入れろ」と先輩は言った。 : まだ東京で消耗してるの?

 

まさにこういう理由で、弱点を克服することをポジティブにあきらめたんです。

 

なのに、小説を書くときは「こればかりは別」といった感じで、弱点をつぶすことに躍起になっていました。

で、理想と現実の差に愕然とし、「こんなんじゃ全然ダメだ!」と自分を責め、駄作を生むのが怖くて書けなくなるということを繰り返していたんです。

典型的な負のスパイラルに陥っていたわけですね。

 

せっかく、「弱点を克服しようとしない方がうまくいくのでは?」という部分に気づいたのに、それを小説には適用できていませんでした。ここは本当に盲点でした。

 

「壁を越えられないなら、壁の中で遊べばいいじゃない」と思った

して、このあいだ、はっと閃いたんです。

「無理に壁を越えようとしなくても、壁の中で遊べばいいんだ!」と。

もちろん、壁の中にいる限り、壁の外にあるものを使うことはできません。でも、

壁の中にあるものだけを使って工夫することはできると思うんです。まだ、この中にはたくさんの可能性が眠っている。

制限をかけた方がおもしろいアイディアや作品が生まれると言われていますが、あえて技術に制限をかける(私の場合、勝手にかかっちゃってるだけですが笑)ことで、特殊な小説が生まれる可能性もあるんじゃないかと思っています。

壁の中にあるものだけでどこまでできるかやってみて、それでは満足できなくなったときに、外に出ることを考えればいい。

……やっとそう思えたわけですが、ここへ来てあることが邪魔になってきました。

それが「知識への執着」です。

 

身につけた知識をいったん手放す勇気を!

ざ、壁の中で遊ぼうとしてみると、「そこはこうしないとダメだよ」という声がたくさん聞こえてきて、思うように動けませんでした。

思いきって大胆なことをしてみたいのに、「そんなことをしたら、これができてないって指摘されるんじゃないか?」という不安に邪魔されて、結局中途半端なことになってしまうんですよね。

そして、気づいたらこれまでと変わらないやり方になっている。

で、どうしたかというと、

「これじゃダメだ!」と思って、勇気を出しました。

ちゃんとしたいという気持ちをこらえて、あえて手を加えずにおいたんです。

結果、ちょっとだけこれまでとは違う作風の小説が完成しました。書いているときの気持ちも違って、俗にいう「降りて来た」感じでした。久々の手ごたえ!

 

「できてない」と思われたくなかっただけだった

っかく身につけてきたものを手放すのは、なかなか勇気がいることでした。

でも、冷静に自分を見つめてみると、そこにあるのは「できないって思われたくない」というエゴでした。

「こんなところにまで不安が隠れていたのか!」と、正直びっくりしました。

ほんと、君は隠れんぼが得意なのね。

知識を手放すこと=怠けることなのではないかという懸念もありましたが、ここに不安があるということは、やっぱりいったん手放せということなんだなと確信しました。

 

まとめ

説を書き始めたばかりのころ、「知識を身につけた上で、枠から外れること大切」という言葉をどこかで目にしました。そのときは、「そもそも知識なんていらないわ」なんて尖っていたんですけど、今になってやっとその意味がわかりました。

今回は「ちょっとの勇気」だったので、まだ旧式の方法に縛られている部分の方が大きいですが、次はもっと勇気を出して大胆に新しい形を削りだしてみようと思っています。

詳しいことは秘密ですが、実は今、自分の能力を最大限に生かせる表現形態そのものを作ってしまおうと企んでいます。

これは、「壁の中でやってみよう」と決めなければ思いつかなかったアイディアです。