嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

嫌になったら逃げればいい!? バイトをバックレた経験が勇気に繋がった理由

間一般的には「何かをバックレる」のは悪いことだと考えられています。

このブログの読者さんの中にも、「バックレるなんてあり得ない」「バックレるなんて怖くてできない」と思っている人がいるかもしれませんね。

私もかつてはあなたと同じ立場でした。そんなクズみたいなことは絶対にできないと思っていたんです。

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でも、あるとき、いろんな事情やタイミングが重なって初のバックレ(笑)を体験することになりました。

結果、そこから私は新しい世界に飛び込んで行く勇気を得てしまったのです。

今日はそんなお話をしてみようかなと思います。

 

 

私が初めてアルバイトをしたのは高校一年生のときでした。

お金が欲しかったのもあるけど、一番の目的は会話のネタを作ること。

人に話せる趣味がなく(話せない趣味はあった笑)、部活にも入っていなかったので、いつも自分から話題を振れなくて……そんなつまらない自分が嫌で変えたかったのです。

履歴書を持って面接に行き、その場で採用をもらうところまでは順調でした。その時点では院長先生の印象もよかったと思います。

しかし、いざ働き始めると、壊滅的に仕事ができませんでした。

仕事内容は受付から助手的なことにまで及びます。患者様それぞれの症状を把握することはもちろん、どの治療器具から使っていけば患者様を待たせずに済むかを考えながら、臨機応変に対応しなければなりません。

 

……が、全体の状況を把握してその場で臨機応変に動くことが何よりも苦手な私は、何か月経っても自分が何をやっているのかわからない状態でした。

持病の腹痛のことで頭がいっぱいだったので、余計にわけがわかりません。

ついでに、プライベートな時間を使って仕事を覚えるという考えがなかったので、いつまで経っても患者様の症状はおろか、顔と名前すらまともに覚えることができませんでした。

 

そこはバリバリ体育会系の職場。

院長先生は元柔道選手のこ強面のオッサンです。

仕事ができない人が嫌いらしく、そのうち聞こえよがしに嫌味を言われるようになりました。

今思うと、「返事だけはいいねんけどなあ」くらいのものでしたが、仕事中に怒鳴られたり、別のバイトの子の悪口(「宇宙人」「気持ち悪い」など)を言っているのを聞くうちに、だんだん心を病んで仕事が嫌になっていきました。

 

そんなある日、ちょっとした事件が起こって私は家に帰れなくなりました。

当然、バイトにも行けません。

本来なら電話を入れて謝るところですが、「逃げるチャンスだ!」と思った私は本当にそのまま逃亡しました。(逃亡と行っても家には翌日帰ったんですけどね)

 

シフトをすっぽかした当日は何度も電話がかかってきたと思います。留守電も入っていたかもしれませんが記憶に残っていません。

それ以降、「家に怒鳴り込みに来たらどうしよう」と怯える日が続きましたが、たまに電話が入る程度でそれ以上のことは起こりませんでした。

その後、何年もその整骨院の近くを通れなかったり、後に働いていたコンビニに院長が来て逃げ回る羽目になりましたが、別にそこまで大変なことではありませんでした。

唯一、バイト代約六万円をもらいそびれたことだけが残念でしたが、バイトに行かなくて済むなら安い代償でした。

 

ふつうに辞めればよかったのでしょうが、まだ三か月も働いてなかったので、院長の反応が怖くて言い出せませんでした。また、退職が決まってから辞めるまでの間、院長からの風当たりがキツくなるのではないかと想像すると、自分には乗り越えられない気がしたんです。

 

この体験が軽いトラウマになってしまって、その後しばらくはバイトそのものが怖くなってしまいました。ところが数年後、この体験から「ばっくれてもそんなに大変なことにはならない!」ということを学び直したことで、私は急激にフットワークが軽くなりました。

社会人としてこの感覚は褒められたものではないのかもしれませんが、「やってみてあかんかったら辞めればいいし、普通に辞めるのが難しければ最悪バックレてしまえばいい」と考えられるようになったことで、「人間関係悪かったらどうしよう。仕事できなかったらどうしよう。嫌になったらどうしよう」という不安を乗り越える勇気が持てるようになりました。

 

実際にやるかどうかは別として、「嫌になれば逃げればいい」という気持ちはお守り代わりになります。私は今でもこのお守りを大事に握り締めています。

チキンな私がそれでも気になった世界へ「エイッ」と飛び込んで行けるのは、このお守りのおかげです。

 

まとめ

から「最低!」「人でなし!」と言われるような過去でも、捉え方によっては自分の宝物に変わります。

もちろん、そのときは周りに迷惑をかけてしまうし、場合によっては誰かを傷つけてしまうこともあるかと思います。

でも、「だからあれは最低だった」と完全な×をつけてしまうのではなく、その中にある〇を探してみるのもひとつの生き方かなと、私は考えています。