嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

自分の魅力がわからない人へ ~ちゃんと褒め言葉を受け取ってますか?~

の自分を出すのが怖かったり、しんどくてもがんばることをやめられないのは、自分の魅力がわかっていないからです。

そのままの自分に魅力があるのだということが信じられないから、いろんなものを足し算して魅力的に見えるように努力してしまうんです。

私も昔はバリバリそっちの人間でした。

でも、しんどいのは嫌だから、がんばってるフリとか能力があるフリをして自分を大きく見せていました。(詰めが甘いからボロが出まくりやったけど笑)

 

自分の魅力がわからない理由はいろいろあるけど、ひとつには「ちゃんと褒め言葉を受け取っていないこと」が挙げられます。

 

 

 

年、何十年と生きていたら、誰でも人から褒められる機会はあると思います。

自分の魅力を知っている人は、それをちゃんと受け取ってストックしています。

褒め言葉をストックした人は、「私ってこんなところが魅力なんだ。ここもよく褒められるから、強味なんだな」といった感じで、どんどんセルフイメージを高めていきます。

 

でも、自分の魅力が信じられない人は歪んだ受け止め方をしてしまうので、いつまでも褒め言葉のストックが溜まりません。

その癖、否定的な言葉はしっかりと記憶に刻みつけるので、自分の欠点ばかりを集める結果になってしまうのです。

これでは、「私はこんなところもダメだし、ここも直さないといけない」とセルフイメージを下げる一方です。

 

自分の魅力が信じられない人も、たとえば努力していることや、自分で認められている点を褒められたときはちゃんと受け取れます。

でも重要なのは、「自分で気づいていなかった部分を褒められたときにどこまで素直に受け取れるか」なんです。

 

私の場合、長いあいだ「努力家」「行動的」という言葉が受け取れませんでした。

努力していると言われても、私からしたら「単に夢中になっているだけ」っていう感じだったし、「行動力あるね」と言われても、「そのときだけ熱に浮かされたように行動してしまっただけ」だったんです。

自分からがんばってやったわけじゃないから、褒められるようなことじゃない。

ずっとこんなふうに思っていました。

 

それに気づいて、「もしかしたら、私って努力家なのかも?」⇒「これだけ言われるんだから努力家なんだろう」という感じで段階を追って受け入れていくことで、だいぶセルフイメージが高くなってきました。

 

それでも、気を抜くとすぐに褒め言葉を拒絶してしまいます。

先日も恋人の友人が「小説書けるってすごいよね。才能がないと無理なことやん。俺の仕事なんて誰でもできることやから……」と褒めて下さったんですけど、いやいやいやと、謙遜してしまいました。

(その後も「そんなことないよ」って力説してくれたおかげで、最終的には受け取れました)

 

こんな感じで無意識で褒め言葉を拒否している人もいると思うので、一度、褒められた時の自分の反応を観察してみるのもオススメです。