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嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

自分の感覚に抗いたくなる場面を把握してみる

覚に従うって、川とか波とかの流れに身をまかせるような感覚だと思っています。

逆に、自我でコントロールしようとすることは、その流れに抗って必死に泳ぐこと。

 

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だから、本来は感覚的に生きる方がずっと楽なはず。

でも、やってみるとなかなか難しかったりします。

 

 

「よし、感覚に従うぞ」

と意識していても、どうしても途中で逆らいたくなる場面が出てきます。

 

私の場合、

 

  • 書きたくない気分のときでも無理に書こうとする
  • 何もしたくないときでも何かしないともったいないように感じる

 

この二つが大きいです。

 

特に書くことに関しては脅迫的な部分がまだ残っていて、しばらく書けない日が続くと「このまま書けなくなったらどうしよう?」と心がザワザワします。

 

毎回、必ずどこかえスイッチが入って、自然と書くモードに戻れているのに、それでもまだ自分のことが信じられないみたい。

というか、書けなくなったらなったで、また別のやりたいことが見つかるだろうから、そこにすがりつく必要なんてないのに(笑)

 

しかも、小説じゃないとダメなんです。

ブログやエッセイはたくさん書いても日数的にノーカウントなので(※達成感はあります)、そっちばかり書く日が続くと、「最近小説を書いてない。ヤバイぞ」ってなります。

 

これはたぶん、過去に母から言われた「ブログもいいけど、小説は書いてるの?」という一言の影響だと思います。

 

ここで、自分がどういう場面で感覚に抗いたくなるのかを把握することができたので、次にそういう場面に遭遇したら、意識的に感覚に従うことを選択してみようと思います。

 

少しずつ、これまでと違う選択を取っていこう。

 

さいごに

どものころから、何でも自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだったので、一筋縄ではいかない気がします(笑)

私はとっても自我が強いのだ!