嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

同棲生活で「自由にやりたい!」と感じるのは、単なるわがままではなく「彼氏のことをいつまでも大好きでいたいから」でした。

曜日に近所のジョーシンでエアコンやら洗濯機やらを購入してきました。

引っ越し先に直接配送して設置してもらえるようにお願いしたのですが、洗濯機置き場の蛇口の形状やクーラー取りつけ場所のコンセントの位置を聞かれて焦りました(笑)

 

↑部屋数が多いのにクーラーは一台しか購入しないので、最悪の場合、寝るときはこれを購入しようかなと考えています。(クーラーより気持ちよさそう)

 

さて、本題。

引っ越しの準備が進むにつれて、「早く一緒に住みたい♥」という気持ちが膨らむ一方で、「自由がなくなったらどうしよう?」という不安も大きくなってきました。

いったん乗り越えたと思ったんですけど、家事(特にご飯作り)のことを考えたら、やっぱり怖くなってしまって……。

 

 

 

私が感じている不安は……

 

「ご飯について、彼氏は『最悪の場合はご飯と梅干しだけでもいい』と言ってくれてるけど、いったいどこまで彼が許容してくれるのか?」

 

主にこれです!

 

許してくれなかった場合、私には二つの選択肢があります。

 

  1. 我慢して彼が許容してくれる範囲で自由にする(自分にはある程度我慢を強いる)
  2. 彼に嫌われる覚悟で自由を貫く

 

このふたつです。

 

①を選んだ場合、一時的にはうまくいくでしょうが、私は我慢強くないので一カ月も持たずに爆発してしまうと思います。それ以前に、ストレスが溜まって余計なことを言ってしまうだろうし、拗ね拗ねモードを発動してしまうことでしょう。

何よりも、その過程で、今の彼に対する「めちゃくちゃ大好き♥」っていう気持ちが消えてしまうのが嫌です。

 

②を選んだ場合、罪悪感と向き合う必要はありますが、そこを乗り越えれば毎日楽しく過ごせると思います。理論的に考えれば、私が罪悪感を手離すことで、彼との仲もより深まる……はず。

ただし、彼が本来の私よりも家庭的な女性を望んでいて、どうしてもその部分は外せないという場合は、一緒にいられなくなる可能性もあります。

 

つまり、②を選びたいけど、それをすることで「もうこれ以上は受け入れられません!」と彼から匙を投げられるのが怖いんです。

もっと言うと、「私が本気出したら、さすがの彼も白旗挙げるかも」って思ってるんです。(書きながら気づいたけど、彼の器の大きさをナメてますね、私)

 

でも、なんか、「仕事も含めてやりたいときにやりたいことをしたいから、時間がないときは家事を極限まで手抜きしたい! でも、途中で資金が尽きたら助けてほしい。とにかく自由にしたいから、臨機応変に助けてもらいたい」っていう自分の気持ちが見えてくると、自分のことが悪女にしか思えなくなってしまって(笑)

 

あー、私、ほんっっっまにえげつない!!!!

これは絶対に人に見せたらアカンやつや!!!!

 

って。

 

そんなことを思いながら、私の専属恋愛カウンセラー「まちゃとも」に、あれこれ自分の気持ちを聞いてもらっていました。

 

そしたら、旦那のまちゃとから、こんなことを言われてしまいました。

 

「自由にワガママ放題するけど、そのままの自分を受け入れて欲しいってのは、彼氏とずっと幸せでいたいからやろ?」

 

(実際のセリフではなく、私の解釈でまとめてます)

 

もうね、ほんまにその通りでびっくりしました。

ほんまにその通りやのに、その部分が自分では全然見えてなかったんです。

 

そうなんです、私は結局、彼のことをこの先もずっと大好きでいたくて、彼の側でずっとご機嫌でいたくて、毎日一緒にキャッキャしたくて、お互いに不満を溜め込んで「顔を見るだけでイライラする」みたいなことになるのは絶対に嫌で、「一緒に生活しててそんなにずっとラブラブでいられるもんなん!?」って驚かれるくらい仲良しでいたいだけなんです。

 

私が自由にしたいのは、彼氏を好きでいること、彼氏に愛情を注ぐ上で、私自身が自由に生きることが重要なベースになると感じているからでした。(もちろん、自分が楽しく生きたいっていうのもある!!)

 

 

そこがわかってくると、自分に対する「えげつない」っていう気持ちが消えて、堂々と「自由にしよう」と思えるようになりました。

 

スッキリ!!

 

このスッキリ体験を他の人にもしてもらうために、いま、まちゃともと三人でいろいろ計画を練っているところなので、みなさん楽しみにしていて下さいね♡

 

まとめ

回は家事のことを中心に書きましたが、これは他のあらゆる場面で適用できる考え方だと思います。自由にする勇気がなくて悶々としているときに思い出したいです。