嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

ショートショート大賞に落選したいま、見えてきたこと。

年の秋あたりから、立て続けに文学賞にチャレンジしてきたわけですが、ここらで少し立ち止まってみることにしました。

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別に、「ショートショート大賞に懸けてたから、落ちたことで気が抜けてしまった」とかそういうわけではなくて、たまたまここで自分の立ち位置を見つめ直すタイミングが来たというだけのことです。

(でも、悔しいのは悔しい!)

 

 

なんかね、最近また執筆意欲が落ちてきてたんですよ。

書き始めたら集中できるんですけど、心のどこかに「これじゃない」という想いがあって、イマイチ文章に魂が入っていませんでした。

 

それでも、そのうち戻るだろう、どうせまたいつもの無気力の波だろうって、だらだらと書き続けていました。

 

でも、今日、ショートショート大賞の結果を知って、なんか、「このやり方ではここが限界だ」っていう言葉が浮かんできたんです。

それは、才能の限界という意味ではなくて、私が「小説の体裁を持った作品を書き続けるなら、これ以上、突き抜けることはできない」とか、そういう意味です。

 

もっとわかりやすく書くと、わたしが持っている才能は、「小説」というジャンルの中では、十分に使いこなせないものなんじゃないかと、そんな気持ちが強くなってきたんです。

いまのやり方でも、がんばればそれなりのものが書けるけれど、とてもじゃないけど他の大勢の才ある作家さんには敵わない。

それに、私自身、本当に書きたいものは、厳密にいうと小説ではないのではないかと、そんな気がしてきました。

 

 

このブログでも書いたことがあるかもしれませんが、わたしはここ一年ほど、ずっと考えていたことがあります。

それは、小説でも詩でもない、新しい形態の作品を作りたいということ。

何度かチャレンジしたんですけど、うまく形にできなくて、挫折を繰り返してきました。原因は、私がこれまでに身につけてきた技術を捨てられないこと。

私が頭の中に思い描いているものは、一度技術を完全に捨てないと作れないものなのに、どうしてもそれができなくて……。

 

いま、こうやって「小説」を書くことに限界を感じているのは、「これ以上ここにとどまっていてはいけない」というメッセージなのかな、なんてことを考えています。

さっきまで少し落ち込んでいたんですけど、この記事を書き始めたら急にワクワクしてきたので、たぶんこっちで合ってるんじゃないかな。

 

最近、こんなクラウドファンディングにも参加してまして……

 

 

私も全力で「個」を立てていく時期なのかなあ、って。

 

とりあえず、もうすぐ引っ越しが待っているので、それが落ち着いたら新しい挑戦に取りかかろうと思います!

 

今年の後半は思いきり遊ぶんだ!! 人生を!!!!