嘘にまみれた「私」の脱ぎ方

人から嫌われないために装っていた「私」を脱ぎ捨てて、素の自分で生きていく決意をした私の大暴走をご覧あれ!

引っ越し前の静止画的な時間に考えること

回の記事を書いて以降も、立ち止まったまま、静かに考え続けています。

考えたいことがあるときは散歩が捗っていいですね。書きたいことが多いときは、歩いていても「早く帰って書きたい!」と気が急くので。(それはそれで楽しいけど)

 

↑今回も一括見積をお願いしました! 時期や訪問見積もりをして下さった営業さんに恵まれて、定価7万円の引っ越しが予算の3万円に収まってしまいました(∩´∀`)∩

 

今朝のテーマは、「わたしが書き続けられること、興味を持ち続けられることってなんだろう」でした。

 

 

これまでは、やっぱりどこか小説にこだわっている部分があったんです。

しばらくエッセイを書いている時期があったんですけど、そういうときも心のどこかで「そろそろ小説を書こう」と自発的に意識を向けていたというか。

 

でも、せっかく今こうやって立ち止まっているのだから、「書きたいものは本当に小説なのか?」と、そこまで疑問に含めてみようかなと思いまして。

もしかしたら、エッセイをもっと書きたいのかもしれないし、こういうブログ的なものが合っているのかもしれないし、誰かの自己表現の手伝いがしたいのかもしれないし……そういう部分が自分でもよくわかっていないんです。書きたいものが小説であるとしても、「何をベースにしていくのか?」とか、そういう細かいことをあれこれ考えています。

 

描きたい世界があって、ある程度プロットもできていて、実際に書き進めてもいるのになぜか気分が乗ってこないことにも意味を感じています。

小説って惰性で書けるものではないから、無視しようにもできないんですけどね(笑)

 

あと、圧倒的に「遊び」が欠けている気もします。どうしても自分を家に閉じ込める癖があるので、新しい町に移り住んだら、出かける機会を倍くらいに増やしたいです。

図書館が近いので、いろんな分野の本を乱読するのもいいですね。

 

書きながら思たんですけど、もしかしたら引っ越し前って、いろんなことが宙ぶらりんで、何かに打ち込むにも何かを始めるにも不向きだから、なんとなく気持ちが落ち着かないものなのかもしれません。

本当は早く方向を決めて歩き出したいけど、流れに逆らわず、この静止画のような時間と向き合います。